FC2ブログ
2018年12月 / 11月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫01月

2015.11.25 (Wed)

Yanさん(3)

今日は寒い寒い1日でしたー。
最近、睡眠時間は足りてないはずなのに、良く眠れません。
病気以降、めまいというか常に頭の揺れ?があるので知らず知らず疲れるのか、眠れないということがなくなりました。
寝付きも良くなりました。
それなのにここ1週間ほど、眠りが浅く、朝起きてもほんと疲れてます。
来週の1週間、銀座で作品展をします。
その用意等でバタバタしているのは事実で、ストレスもたまっているのか首も肩も背中もバリバリ。

これまではたまに近所の鍼灸に行っていたのだけど、その先生が辞められてしまって、、、
知らない所はちょっと怖くてここ数年鍼灸から遠ざかってました。

昨夜、友人の紹介で日本橋の鍼灸治療院に行きました。
これがまあとってもgoodで、昨晩は久しぶりにぐっすりと眠れて朝の目覚めは快適!!
近所じゃないのが残念だけど、しばらく通うことにしました。

そしてYanさん
2013年あたりからYanさんの舞台にそれまで以上に自分のこれまでを投影し、あれこれ思う日々でした。
思いながらも日々の事に忙殺され、気ばかりが焦り、だらだらと時が過ぎていた気がします。
私はこれでいいんだろうか、何のためにYanさんと出会い、そして色々なできごとと遭遇し、出会い過ぎていったのか。
そんな哲学的なことを考えたりもしました。
結論からいうとやはり日々をただただ過ごし、なーんの答えも出てはいないのですが。

こうしてつらつらと綴っている内容について、私が思う以上に、YanYanYanがどうにかなるのか、BBSがなくなるのか、Yanさんファンじなくなるのか、と思われている方がいるということに実は驚きました。
これは単に私の中の区切りというか整理というか、観劇後の思いとかそういうことであって、なんらこれまでと変わりはありません。・・・とここで一応いってみたりして・・。

あ、でも少しばかり、思ったりはしました。
もっぱら、みなさんに頼りっぱなしのBBS。
サイト内もあちこち古いデータのまま、更新もしていない。
そんなんじゃ返ってYanさんに迷惑になってしまうのではないか、、、とか。
だったらマメに手を入れろよって話しなんですが、、なかなかできずに過ぎています。

私だけでなく、だれもがYanさんの舞台で涙し感動し明日への力をもらい。
昨日まで体調が優れなかったけれど、Yanさんの舞台に触れると、不思議と元気がみなぎり。
うまく言えないけれど、人にはその人その人の道があって、そこに辿り着くことを目的として生きていて、
シャンソンの舞台を観ながら、Yanさんはちゃんとそこに辿り着いているのだな、、と感じて、尊敬と感動と賞賛と
どんな言葉にしたら良いのかわからないけど、とにかくおおげさに言ってこの世の全ての言葉が私の中にあふれ出てきました。

2013年から続いたあれこれがシャンソンの公演でひとつの区切りのようなものになって私の中に落ちました。

これからもずっとずっといつもでもYanさんのファンでいたいし、いつまでもYanさんを見続けて行きたいという思いを新たにしました。そして、有佳子がこの世に生まれてきてくれたことでホームページをつくり、Yanさんファンの方々との絆を築くことができて、今こうして生きていることに、リコの誕生を我が事のように喜んでくれ、慈しんでくださる方々に感謝。連呼するとその重さが軽くなってしまうのがいやですが。

もうすぐ、あと3日で有佳子の19歳のお誕生日です。
お誕生日おめでとう。
生まれてきてくれてありがとう。
Yanさんと、みんなと巡り合わせてくれてありがとう。
いつの日か私も私の道に辿り着くために明日からまた新たな一歩を踏み出そう、そう思ったシャンソン公演でした。

おしまい
23:32  |  Yanさん  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2015.11.18 (Wed)

Yanさん(2)

さて、昨日の続き。。

Yanさんと出会ったものの、すでに退団されていると聞き落胆。
TSUTAYAにYanさんのビデオがあるよと聞いて、つわりと戦いながらビデオを借りに車を飛ばし(当時TSUTAYAは少なかった)、期日が来ると延長のため車を飛ばし・・・、そんなことを何度繰り返したことか。
そんな折り、Yanさんディナーショーの情報が!!
もう絶対に行くーー。無事チケットをゲットしパレスホテルへ。

お腹がぐにゅ〜っと動いて、はっと気がつき、あわてて大きく息をして。
もう素敵すぎて幸せすぎて夢のような時間を過ごしたことが昨日のよう(←いいすぎ?)。
その後の検察側の証人は近鉄劇場のみということで、10ヶ月のお腹を抱えて劇場まで行きました。

そして19年前のYanさんと一緒のねずみ年の11月28日に長女誕生。

その頃、育児日記ページのようなサイトをつくり、その中のひとつのコンテンツとして、すきなもの、Yanさん、片岡孝夫丈の小っさいページがり、それぞれにBBSを設置。
それがYanYanBBSの誕生です。
いつの間にか、たくさんのYanさんファンが遊びにいらして下さるようになり、YanYanYanとして独立したサイトができあがっていったのですよねー。

いつの日かこの子と一緒にYanさんの舞台を観ることが夢でした。
そしてそれはそう先のことではない、、と思っていました。

突然、長女の体調が悪くなり、救急に連れて行き、検査の結果、脳腫瘍があることが判明。
ドクターからの説明を1人病室で聞いていたのですが、まるでドラマか映画を観ているような、そんな現実感のない、それでも確かに現実だということを悟りながら過ごしたあの永遠にも思えた時間は忘れることができません。

具合が悪くなって1週間もたたない僅かな時の中で、1998年1月21日、長女は天国に還っていきました。

あの時の絶望感、寂寥感、無常感。
ただひとつの希望は、キチンと葬儀を済ませ四十九日が過ぎた時あの子と一緒に。
人見知りが激しい娘が迷わないように、私が一緒に・・・。
その思いにとらわれていたことを思い出します。

あの暗闇の中から救い出してくれたのはYanさんでした。
そしてYanYanYanの友人たち。

葬儀から数日後、YanYanYanの友人に「○○ちゃんも好きだったYanさんなんだから」と半ば無理矢理Yanさんの舞台「YOURS」へ。
舞台の幕が開き、舞台の上にはYanさん。
その時の強烈な思い。
Yanさんの姿を舞台に見て、隣に座る友人達を感じた時、確かに長女の存在があったのです。
もう決して隣に長女がいることはない、どんなに願ってもその日は来ない。それなのに長女の存在を感じたのです。
そしてその時、「私はここで生きていこう、天国に還った時、長女から『mama、がんばったね』って言ってもらえるように、ここで生きていこう」
そう思って涙があふれ、舞台が見えなくなったことを覚えています。

そしてもう1人の存在が私を後押ししてくれていたのですが、それはまた別の機会に。

その後、もう二度と子供は持ちたくない、と思い続けていた私を励ましてくれたのもYanYanYanの友人。
そしてリコが誕生し、我が事のように喜んでくれ、その成長を要所要所で助けてくれて慈しんでくれました。
様々なことがあり、1人親になることを決心。
そして長きにわたる離婚調停。
無事(?)離婚することができ、さあこれから、という矢先に病で倒れ3ヶ月近くの入院生活。
その時もお見舞いにきて下さったり、Yanさんグッズ(そんなんあるのか)を送って下さったり・・・。
そういえば、やっと外出許可が下りた時に一番に行った所が娘のお墓参りと博品館でしたね。入り待ちだけでもできたら、Yanさんのお姿を見ることができたらー、そんな思いでタクシーを飛ばしたのでした。
残念ながら願いは叶わなかったけれど、YanYanYanの友人達には会えて元気をいただきました。

無事、退院することができたのもつかの間。
1ヶ月も経たない8月2日、今度は意識不明で緊急入院。
脳幹梗塞でした。

あの時は、高確率での「死」を宣告された父母。
その時、YanYanYanのKさんが「有子が死んでしまうかもしれない、その時に有子の友人たちに知らせて欲しい」という母の涙ながらの電話を受けてくれたと聞きました。

有り難いことに、命が消えることはなく、でも左半身不随となり言葉もうまく話せなくなり、1人で立つこともトイレに行くこともご飯を食べることもできなくなってしまいました。
そんな私を心から心配し、励まし、応援してくれました。YanYanBBSは暖かい言葉であふれ、励ましの言葉と愛であふれました。

本当に、、
あの時の私が今の私の姿を見たら信じられないでしょう。

そろそろまた時間切れになってきたので簡潔にすすめます。

その後、2008年、母の病気が発覚します。
知らされたのは胃癌末期、余命数ヶ月。年を越すのは難しい。
晴天の霹靂。
いつまでも永遠に元気でいてくれるなんて叶うわけないとは思っていたけれど、こんなにも突然、あと数ヶ月で母が居なくなるだなんて。
母には胃潰瘍と伝え、私の家での闘病がはじまりました。
びわの葉が癌の痛みを緩和すると聞き、近所で調達するもすぐに無くなり。
そんな時、YanYanYanの色々な方から、びわの葉がたくさん届きました。
近くの公園から拾ってきて下さった方、丁寧に水洗いして箱に詰めて送って下さった方、
そして当時の母はオサちゃんの贔屓と知って、オサちゃん情報や切り抜きやグッズが届きました。
母は自分の本当の病を知らぬまま、家で息を引き取りました。
葬儀にもYanYanYanの友人が弔問にいらしてくれ、その姿にどれほど慰められたことでしょう。


とにかく、私のこの19年間はYanさんとYanYanYanに支えられ続けた年月でした。

ここでまた今日も時間切れでおしまいにします。
いつになったら本題にいくのやら・・
むしろこれらが全て本題ではありますが。
23:07  |  Yanさん  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2015.11.17 (Tue)

Yanさん(1)

夢のような3日間が終わってしまいました。
まだ頭の中はあの声とお姿がぐるぐる。

当初、14日の観劇予定はなし。
だってその日はPTAの観劇会なんですもの(T_T)
毎年春に配布されるお手紙に、新年会と観劇会はできるだけ出席のこと
みたいなこと書いてあるんですもの(T_T)
高校2年生になったリコ。PTAのお仕事も来年の夏には引き継ぎして解放される。
だからそれまでは、、、、
とか思ってたんですけどね。

公演が始まってから追加追加で観るパターンはいつものことだけど、今回ばかりは公演前に全公演のチケットをお願いしてしまいました。
Yanさんの声フェチな私としてはどうしてもどうしても諦めきれなかった。。。

私がYanさんと出会ったのは1996年5月頃。
つわりがひどくてひどくてほとんどの時間をトイレで過ごしていた頃。
気晴らしに大好きな孝夫さん(片岡仁左衛門丈)のビデオをセット。再生。。。
そこで運命の出会い。
母が大事な孝夫さんのビデオに上書きしてしまっていた!!
そこに映し出されたのはYanさんのスパルタカス。
1年前にBSで放映された退団特集?番組だった。

母がそのビデオを上書きしてくれていなかったら、あの時あのビデオを再生していなかったら、、、
Yanさんと出会うことはなかったわけで。
そんなの怖すぎるー。

・・・・今回の観劇記をつらつら書くつもりが・・・・
今日は時間切れなので続きは明日。


22:48  |  Yanさん  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |